中田花奈、麻雀と嘘と秘密のグラビア

秘密の雀荘に現れた女

東京・新宿の裏通り。ネオンが滲む雨の夜、雑居ビルの三階にある雀荘「黒猫」には、常連客しか知らない合言葉で入ることができる。

その夜、扉が開いた。

革のジャケットに包まれた細い体。艶やかな黒髪、整った鼻筋と意志の強さを湛えた目元。女の名は「中田花奈」。

「入れてくれるかしら」

その声には場を支配する力があった。雀卓を囲む男たちは、一斉に彼女へと視線を向ける。

彼女の噂は聞いていた。

“中田花奈――伝説のグラビアモデル。突然消えたあの女が、何故ここに?”

彼女の過去とともに、数々の噂が囁かれていた。整形によって顔を変え、姿を変え、裏社会に身を投じたという者もいた。

しかし、そんなことはどうでもよかった。ただ、彼女がここにいる。

そして、麻雀卓につく。

配牌と素顔

「東一局、親は……私ね」

中田花奈は赤いネイルの指で牌を静かに整える。その手つきは異様なほどに慣れていた。

「ちょっと待って、初めてじゃないな」

対面の男がそう呟いた。

中田花奈は笑わなかった。ただ、一枚の發をツモりながら囁いた。

「私、昔、麻雀でしか生きられなかったの」

グラビアの世界から姿を消した後、彼女は闇の世界で生きていた。整形は、過去を捨てるための儀式だったという。

写真集の表紙に載っていた頃の中田花奈は、まるで別人。だが、今の彼女の方が美しかった。

勝負は白熱していく。リーチの声が響くたび、空気は濃くなる。

だが中田花奈は一言もしゃべらず、ただ静かに牌を積み上げていった。

裏ドラの正体

「ロン」

東三局。中田花奈が牌を倒す。

「三暗刻・ドラ3。倍満よ」

ため息が漏れ、男たちは沈黙した。

「……噂通りだな」

その夜、中田花奈はすべての半荘を制した。誰も勝てなかった。

「どうしてこんな場所に?」

ひとりの男が恐る恐る聞いた。

「答えたら、あなた……どうする?」

中田花奈の瞳に、かすかな涙が浮かぶ。

「私はね、奪われたの。夢も、身体も、名前も……整形で顔を変えても、心は変えられなかった」

沈黙。

その言葉に、誰もが手を止めた。

告白と待ち牌

午前三時。雀荘に残ったのは中田花奈とひとりの男だけだった。

「名前……聞いてもいいか?」

中田花奈は首を横に振った。

「中田花奈って呼んでくれていい。私の素顔は、もう誰にも必要ない」

彼女はポケットから一枚の写真を取り出した。

グラビア時代のものだった。明るい笑顔、自然なまなざし。

「この子は死んだの。十年前にね」

そして静かに、最後の半荘が始まった。

牌を握る手に、微かに震えがある。

彼女がツモるたび、過去の記憶が押し寄せる。

だが、彼女は強かった。

最終局、男が聴牌。

「リーチ」

数巡後――

「ツモ。四暗刻単騎」

その瞬間、雀荘の空気が凍った。

役満。

中田花奈は、牌を倒したまましばらく動かなかった。

「ありがとう。あなたとの麻雀で、やっと終わらせられた」

朝焼けの逃亡者

雀荘を出た中田花奈は、濡れたアスファルトの上をゆっくりと歩いていた。

整形した顔に、ようやく一筋の涙が伝う。

グラビアの過去、麻雀での勝利、そして失ったものすべて。

彼女は煙草に火を点け、夜明けの空を見上げた。

「また名前を変えようかしら」

朝日が差し込む。

彼女の影は長く、細く伸びていく。

どこかで、新たな「中田花奈」がまた麻雀卓につくのかもしれない。

そしてまた、誰かがその瞳に射抜かれるのだろう。

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